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その6(里山):雑木林を持つ里山に日本の知恵を学ぶ

『日本の自給自足的里山生活は、自然を相手に楽しんだり何かを生み出したりという技術の宝庫なんだよ』

このお宝を探りに我が田舎暮らしの師匠、渡辺パコさんが住む山梨県は八ヶ岳にやってきた。前回、自然を相手に楽しむことを見せてもらったので、今度は自然を相手に何かを生み出す技術というやつを教えてもらうのだ。


さて、そのお話しの前に、質問。皆さんは、「里山」という言葉の意味を知っていますか?

「日本文化の中心は里山だよね」とパコさんにいわれ、頭に無数の?マークが浮かんだ私。その私がお教えしましょう。

第一義的には、田んぼと雑木林を中心にした日本の田園風景のことをいうそうです。この里山のどういったところが生産技術の宝庫なのか。里山の風景をつくる主役・雑木林にフォーカスし、裏山の雑木林をパコさんに案内してもらうことにした。

「日本にもともと生えている木は照葉樹なんだ。ツバキのような葉がてかてかしたやつね。あれは常緑広葉樹なので秋になっても葉が落ちないから、特に何も生み出さない。で、昔の人は常緑広葉樹を切り払い、落葉樹が育つよう山を整えたんだ。落葉樹は毎年葉を落とす。その葉が蓄積され、腐葉土をつくり、田や畑に使われたんだね。この雑木は15年ほど経つと切られて、薪や炭になり、人々の生活に利用された。切ってもね、切り株から芽が出てきてね、15年ほど経てばまた太い雑木に育つんだよ。ほら、この木、下のほうで3本に分かれているだろ。本当は、無数に芽が出たはずだけど、3芽だけ残して後は人が摘んだんだ。木がよく育つようにね。こうして、人は雑木がよく育つようにせっせと下草をかったりして、林を管理してきたんだ。そのおかげで、昔の山では、山菜なんかもよく取れたんだよ。雑木林と同様、田んぼにも人間によって綿密に計算された仕組みがある。雑木林と田んぼを持った里山は米、麦、野菜、山菜、茸、木の実、薪、炭などを総合的に生産できる非常に効率の高い「多品種、大量&少量生産の大規模工場」だったんだ。こうした里山がもつ生産ラインの設計の緻密さを見ていると、工業化以降の日本の成功の理由が見えてくる。」

落ち葉と枯れ木を踏みしめながら、雑木林を少し歩いてみる。

「右手と左手の林の違いわかる?ほら、右手はね、まだ上から光が漏れてるだろ。僕たちも少しは下草を刈ったりしているからね。でも、左手はまっくら。これは、人が下草を刈っていないからなんだ。こうなると、あと20年もすればこちらの林は全滅してしまう。」

ひょろひょろとした木はたくさん生えているが、光がないため大きく成長することが出来ない。すると、途中で木が腐ってしまい、近くの木を巻き込みながら倒れていく。そんな木がそこかしこに見られる。

「20-30年前、日本の政府は高く売れるといって、近隣の住民にヒノキや杉の木を大量に植えさせた。確かにね、その当時、木は高く売れたんだよ。だから、20年後にはひと財産儲けられるはずだったんだ。でも、海外から安い材木がどんどん入ってくるようになってね。人件費のかかる日本の材木は太刀打ちできなくなっちゃったんだ。で、日本の材木は行き場を失った。材木は、伐採するにも費用がかかる。だから、放置しちゃったんだね。その結果がこれなんだよ。」

「昔の人にとってはこの雑木林が、生きるために必要だったんだよね。直接的な死活問題。でも、今の私たちにはそれほど直接的じゃない。それこそコンビニのほうが死活問題かもしれない。雑木林がいくら「離れていてもつながっているのだ」といっても、人は目の前にそれがなかったら、アクションを起こそうと思わないよね。」

パコさんは、にっこり笑いながらうなずいている。

フランス国王ルイ16世は、バスチーユが襲撃された報告を受けても、その日の日記に「何モ特筆スルコトナシ」と書いたという。これは、雑木林に対する私たちの反応と似ているかもしれない。

何を私たちはすべきなのだろう。。。私が八ヶ岳の滞在を通して考えたことは、3つある。

まずは、「日本人がもっと自然に触れ、もっと自然を楽しむこと」。これについては、和散歩5で書いたのであまり多くは繰り返さないが、自然には楽しく遊べる要素か沢山ある(川で水遊びとか)。また、発見する楽しみも沢山ある。山桜の生長、土から出てきたと思ったら一夏で終えてしまうセミの命、、、こんな発見からいろんなライフサイクルや生と死を常に感じておくということは、同じ生命をもつ人間として生きる強さやヒントを与えてくれる。

でも、あまりストイックに「自然と触れ合わなきゃ」って思わなくていい。自分に無理のない範囲で、長続きする形が見出せれば。例えば公園を散歩するとか週末山を歩くとか、そんなところから始めてもいい。とにかく、写真やテレビなどのバーチャルではなく、自分の目で見て、触れて、楽しめればいいなと思う。特に、子供達にはその機会を沢山与えてほしい。

次に、「日本人は自然をより豊かにする知恵と技術を持っていたということを知る」。今は、守るといった発想しか出来ていないけれど、数十年前までの日本は自然を豊かにしてきていたのだ。そして、その豊かな自然に育まれ日本人は繁栄してきた。持続可能な生活環境を生み出す技術が、世界に誇れる知恵が、実は自分の手の中に沢山ある。すこし、話は飛躍するが、食糧問題、環境問題が叫ばれる今、日本が世界にできる貢献は、莫大な資金を提供することではなく、こういった里山の知恵を提供することかもしれない。

最後に、「自然を豊かにしてきた日本人の知恵を今にどう生かすか、その仕組み作りを考えること」。例えば、私たちは皆、森を大切にしなければならないということを知っている。ならば、昔に戻って里山を再現する?これは、多くの日本人には無理があるし、ナンセンスだろう。そもそも、現代の発展のすべてが悪ではないし。。。昔と今を対立させるのではなく、昔と今を協調させる、例えば自然を豊かにするという昔の知恵を、大きな負荷なく今の社会に組み込む構造を考える。これを進めるには、いまの日本を背負う30-40代のビジネスマンがもう少し自然の近くに住むといいのかもしれない。仕事をやめて、農業をするのではなく、ビジネスの世界とつながりながら、自然の近くに住む。そういった人たちのコミュニティーが日本中にぽつぽつ出来、そこでの生活を通して森の問題を考えれば、何かが見えてくるかもしれない。里山の構造を創りあげた日本人なら、その仕組みが見出せるのではないだろうか。


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