和散歩

李映京女史 
スピーチ&ディスカッションサマリー
「韓国人の視点を加える 〜日本に住んで思うこと〜」


橋本嘉誉(聞き手・文)

1. 一般的な韓国人は日本をどう考えているか

1.1.一番嫌いな国No1「日本」
韓国では何年かに一度、国民の意識調査を行なう。その中で、「一番嫌いな国No.1=日本」の地位は不動である。

嫌いといっている人たちを年齢別で見てみると、植民地時代を経験した人たちより20歳代の人が多いことがわかる。これは、歴史教育に起因するものと思われる。日本の歴史教育は古代に重点的を置き、近代はほとんど触れずじまいと聞く。しかし、韓国はその逆で、植民地時代を含む近代に重点を置いて学ぶ。20歳前後の人は、実像と学校で習ったことを自分の頭で整理することが出来ず、嫌いだと思ってしまう人が多いのだろう。植民地時代を経験している人のパーセンテージが20台の人より低いのは、この辺が整理できているからだと思う。いやな思いをした人ももちろん多いが、青春時代のいい思い出が残っていて、それほど嫌悪感を示さない人もいるのだろう。

日本嫌いの要因、「日本の植民地政策」に関する思いは、教育のみならず、記念日にも強く現れている。日本からの独立運動を行なった3月1日と植民地から解放された8月15日。この2日は、韓国にとって最も重要な記念日である。

嫌いな国が動かないというので、日本人から「何度謝れば許してもらえるの?」とよく聞かれる。しかし、日本のえらい人が謝ると、必ず3ヵ月後ぐらいに、誰か別のえらい人が反日感情をあおるようなことをしたり、いったりする。これは、本当に遺憾だ。

1.2.一番見習うべき国No1「日本」
日本は嫌いであっても、見習うべきだと思っている人は多い。Sonyに代表されるように、日本がつくるものはおしゃれでかっこいいものが多いし、戦後の経済発展は見習うべきと感じている。

見習うべき要素としては、まず、日本の秩序正しさ。たとえば、阪神大震災の時、配給食に列が出来たのは私達にとって信じられないことだ。韓国なら、皆奪い合いになり、暴動がおこっただろう。通常の生活の中でも、電車やバスを待つ列が出来ているのは驚くことだ。他では、バス停の時刻表。韓国では、「バスは時間通りにこないもの」というのが共通認識。だから、ほとんど時間通りに来る日本のバスの秩序正しさは信じられない。ただし、日本ではあらゆる面で秩序が守られすぎて、融通が利かないという欠点もある。

また、他の見習うべき要素として、親切・丁寧ということが挙げられる。新聞で見た話だが、とある飲食店で店員が物を運んでいた時、水をお客の靴にこぼしてしまったそうだ。その後、さっと店長と店員がやってきてお客に深々と頭を下げて謝ったという。ビジネスの中での、この腰の低さと一生懸命さは見習うべき点だと思う。


2.日本に来て発見したこと

2.1.日本人も戦争被害者だった
私自身、日本に来るまでは、一般的な韓国人と同じく、日本に対してあまりいい印象を持っていなかった。しかし、私の考えを変えた映画がある。スタジオ・ジブリの「蛍の墓」。これを見て、韓国人と同じように、日本人も戦争の被害者だったのだと初めて知った。私は、涙が止まらなかった。この映画を是非韓国人にも見せるべきだと思う。

2.2.電車での日本人観察は面白い
電車で、分厚いビジネスカバンを持っているサラリーマンをよく見かける。書類を沢山持ち、大変なのだろうなぁと、観察していると、サラリーマンはかばんの中からあるものを取り出した。分厚いマンガ雑誌。。。カバンのほとんどがそれで占められているという事実には驚くものがある。

また、中吊り広告には、女性のヌードなど風紀を乱す写真がよく使われている。子供の目にも触れる場所でこのようなものが出ているのは信じられない。韓国でも、低俗な雑誌はあるけれど、必ず隠れたところにおかれている。この感覚は、ドイツ人にもあるようで、W-cup時、ドイツは日本を「マンガとスシとセックスの国だ」と報道したという。話はそれるが、日本のTVドラマは、死ぬシーンがとても多い。それも、子供もよく見るゴールデンタイムで、だ。風紀を乱すもの、暴力的なものが子供の目に触れるところにあるのは、韓国では考えられない。

女子高生にも驚かされることが多い。彼女達は、25歳以上=おばさん=年寄り=よくない、女子高生=若い=いい、と思っているようだ。しかし、社会の中で、まともな行動を取れない女子高生や大学生は誇れる若さを持っているのではなく、未熟な幼さを持っているのだと自覚すべきだ。そして、幼いものは目上の人のことよく聞かなければならないと知るべきだ。

2.3豊かな国日本のペットの扱い方
韓国人にとって、犬は犬。いくら犬がかわいくても人間と同じ扱いをしてはいけないと考える。そんな感覚を持つ私は、日本で、驚くべき光景をよく目にする。

ある雨の日。道を歩いているとレインコートを着ているものがいた。しかし、それは人ではない。犬である。日本人は、犬にまでおしゃれをさせるのだ。

韓国にはペットフードの宣伝がない。なぜなら、犬は人間の残飯を食べるのが普通だから。もちろん、韓国の裕福層でペットフードを利用している人もいる。それでもCMがないのは、韓国では今でも食べられない人がいるからだ。

日本で、あるCMを見てビックリした。確か、日本酒の広告だったと思う。まず、着物を着た男性がフライパンで上等そうなステーキを焼く。その人が食べるのかと思ったら、横にいた犬にそれを食べさせ、自分は縁側で一人、酒を飲むのだ。私はこれを見て驚愕した。日本人にとって、かっこいいのかもしれないけれど、韓国人にとって、肉は高級品、それを犬に食べさせるなんて信じられない。

日本でも、ホームレスの人はいる。ペットにお金を使うなら、それと同じぐらいそのホームレスの人たちへの援助をすればいいのにと思う。

2.4.言葉の壁
日本で生活して言葉に困ることがある。まず、韓国人にとって苦労するのは濁音。昔、コンビニに行って「ジャム」を買おうと思ったのだが、どうしても「チャム」としか言えず、苦労したのを覚えている。

そのほか、言葉の意味の違いにも戸惑いを覚えた。例えば、日本人はよく、「うっそぉ!」という。こちらが真面目な話(もちろん本当のこと)をしていてる時に、だ。最初は、本気で「うっそぉ!=うそなんでしょ」と思っていたので、「本当です」とむきになって言い返していた。

2.5.日本と韓国の自と他の区別
日本では、どんなに親しくなっても自と他の区別がある。例えば、留学して数年目の頃のこと。図書館で勉強していた時、私は消しゴムを持っていなかったので、近くにいた友達の消しゴムを何も言わずに使っていた。何か、違和感のある空気を感じたのを覚えている。後になって、こういう時、日本では、友達であろうとも、「ちょっと貸して」「ありがとう」等といわなければいけないと知り、寂しいなと思った。韓国であれば、友達になったら「〜貸して」「貸してくれてありがとう」なんて、他人行儀なセリフは出ないから。

日本人は、よく何かをしたら「ごめんなさい」と言う。たいしたことでなくても、ごめんなさいといわれると、自分との距離が遠い気がして寂しさと違和感を感じる。

韓国で、自と他の区別がないといういい例は、学校で食べるお弁当。私達は昼食の時間になると、それぞれのお弁当を持ち寄り、おかずを皆でつつきながら食べる。人のお弁当に箸をつけたとしても、「ちょうだい」なんていわないのだ。

他の例としては、JR大久保駅で人を助けようとして列車に飛び込み死んでしまったという事件。このニュースを聞いたとき、すぐに韓国の人だと思った。韓国人にとって、他人はとても近い存在。ゆえに、人を助けるということはごく自然な行為である。

日本において、いま気になるのは人に対する無関心。こんなに、いろんな問題が出てもデモが起きないのが信じられない。

2.6.日本嫌いな日々とそれを救ってくれた人
日本語を勉強しようと思ってやってきた最初の1年目は、発見ばかりでとても楽しく、あっという間に時間が過ぎた。そして2年目。先程述べた日本人の自他の区別や言葉の違いに苦しみ、日本人の友達もあまり出来ず、辛く寂しい日々だった。

そんななか、危機が訪れた。私は親からの仕送りやバイトで生活をしていたのだが、仕送りの日まであと3日という時に、お金がそこをついてしまったのだ。後数日、なんとか凌がねばならない。誰に頼っていいやらわからず、仕方なく大学の担当教授に電話をした。

「先生お金を貸してください。学校まで、取りに行きますので。」

そういう私に先生は、そこで待っていなさいといい、私の最寄駅までお金を届けに来てくれた。あの先生の行動が、私の日本嫌いを救ってくれたと、今でも感謝している。そして、もちろんその先生とは今でも親しくお付き合いをさせていただいている。

2.7.留学生は反日・親日まっぷたつに分かれる
日本にいる外国人留学生は、奨学生と自費留学生に分けられる。奨学生にも、種類がいくつかある。文部科学省の奨学生は、日本が学費・生活費などすべて負担している。一見、よさそうに思うかもしれないが、こういう人たちにかぎって、日本を嫌いになって帰る人が多い。私の考える一つの原因は、「彼らには日本を学ぶ機会がない」ということ。彼らは大抵、大学院の研究室などに入り、遊ぶ暇もなく勉強をしている。日本の文部科学省は、費用は負担するがそれっきり。留学生の交流会も、日本を紹介するイベントも持たないのだ。ゆえに彼らは、日本人との交流がほとんどないし、日本にいてすら日本を知ることもほとんどない。日本人は自ら進んでサポートをしてくる人たちではないので、こういう奨学生は寂しい思いをして帰ることになる。

私も奨学金をもらっていたが、彼らとは違う種のもので月8万円だった。当然これでは、生活も出来ないし、学費も払えない。上記奨学生に比べ、自分の生活を成り立たせるために、日本人と接触する機会も多い。しかし、接触するがゆえに、好きになる人もいるが嫌いになる人もいる。

どういう接触があるか、紹介しよう。例えば、家探し。文部科学省の留学生は、住む家まで日本が探してくれたりするが、私達にはそんな優遇はない。家探しをはじめると、韓国人であるということで、入居に制限を受けるということを知る。

そして、バイト。日本は、比較的留学生でもバイトを見つけやすい国だ。しかし、出来るバイトというのは大抵工事現場や、飲食店など。そういうところでは、日本人が外国人労働者を見下すのが常。私の場合も、その問題に直面することがしばしばあった。フロムエーなどを見ていくつか電話をしたのだが、電話口で、日本人の話す日本語でないということが相手に伝わり、けんもほろろに断られることが多かった。そんな中、英語も少ししゃべれる私はホテルの宝飾店でのバイトの口が見つかった。私の場合、挫折もあったが、喜びもあり、そんな中でいろいろな日本を知ることが出来た。しかし、喜びを知らぬまま、挫折のうちに帰国する人が多いのも事実だろう。

2.8.韓国と日本の学生の違い
私は、現在国士舘大学で韓国語を教えている。ここでの学生を見ていると、表現の仕方が韓国の学生と大きく違うことを感じる。例えば、生徒に「わかりましたか?」と聞く。韓国では、「わかった、わかった!」という。わかったものと安心して、そのテストをするとぜんぜんわかっていないことがわかる。逆に、日本ではどんなことをいっても「難しい」という。そうか、難しいのかと思い、易しいテストにするとみんな出来てしまう。

また、自己表現の仕方も違う。日本の学生はファッションでの自己表現が得意だ。最近の日本人の学生は、実にベッカムだらけ。また、授業中、サングラスをはずさない学生もいる。しかし、容姿的には着飾っている学生も、顔を見ると硬い・暗い・口角が下がっている。一方、韓国では体と表情で喜怒哀楽を表現する。日本の今の若い人たちに、悔しさなどの感情がないのはなぜだろう。

2.9.韓国と日本の先生の位置付け
先生の位置付けも日本と韓国では違う。日本での先生は「インストラクター」。つまり、内容を伝授するにすぎない。だから、点数を引きますよなどという殺し文句をいわない限り、生徒は言うことを聞かない。一方、韓国での先生とは「人を育てる人」。ゆえに、生徒は先生を尊敬しているし、必ずいうことを聞く。日本で、先生の権威が失われつつあるのはなぜだろう。

生徒を育てる上で、先生は、現在でも体罰を行なう。今の日本の学生は、殴られたことがない人も多いと聞き、ビックリする。

2.10.ワールドカップが韓国にもたらしてくれたもの
このイベントは韓国にいろいろなことを与えてくれた。まず、見栄を取り払い、やればできるということを経験させてくれたこと。その1つ目として、韓国は、初めて準決勝まで残るという偉業を達成できたことが挙げられる。これは、ヒディング監督の貢献が大きい。かれは韓国に根強くある上下関係を、サッカーの世界から取り払い、実力主義を取り入れたのだ。これにより、若くて優秀な選手がチームに貢献できた。

やればできるという意味では、市民レベルで心配された会場内外での混乱が起きなかったことの挙げられる。この二つを成し得た事で、韓国人は自信を持つことが出来た。

加えていうなら、韓国チームのユニフォームの色である赤は共産主義を彷彿させるよくないイメージの色。これをものともせず、勝利を収められたことも自信につながっている。

また、韓国と日本の関係においても、よい影響をもたらした。最初、韓国のある報道機関では、韓国が日本より先に負けることがあれば面子丸つぶれだといっていた。そして今回、日本が先に敗退し、韓国が残った。その時、日本人は「私たちの分まで頑張れ!」といって韓国を応援してくれた。この事実は、これからの日本と韓国の友好の促進に貢献するだろう。


3.私が日本にきた理由と大学で勉強したこと
お母さんが日本で育ったこともあり、まず日本に語学留学しようと思った。1年目が、とても楽しかったので、本腰を入れて生活してみようと思い、韓国の大学を卒業してから、日本の大学院に行くことに決めた。大学は、東京外語大学を選んだ。実はこの大学、世界中で一番、朝鮮語の研究に強い大学なのだ(朝鮮半島の大学よりもこの分野では勝っている)。これは、植民地政策の名残と思われる。私は、大学院の研究室で地域研究学を学び、韓国と日本の家族制度の違いを研究していた。違いを大きく述べると、韓国での家族制度は血縁に基づいて構成されているが、日本では血縁だけで構成されているのではなく、その都度、合理的に編成されるということ。この論文は、まだ書き終えていないので、そのうち書こうと思っている。


4.主人のこと
4.1.主人が在日韓国人であることを意識した2つの思い出
私は今年の8月15日に結婚をした。主人は、在日韓国人(三世)。在日一世の義理の祖父は、苦労の末、東京近郊のとある町に大きなホテル構えた、敏腕のビジネスマンである。義祖父のお蔭で、主人の家の生活はある程度恵まれていたそうだ。主人の家では、今も韓国とほぼ同じスタイルで生活をしている。

そんな環境に育った主人が、在日韓国人であるということを強く意識したことが2度あったそうだ。まず最初は、小学校で、友達と話をしていた時のこと。何かのことで戦争の話になったそうだ。「僕は、在日だから戦争がおこっても徴兵されることはない。いいだろう!」と彼は無邪気にいった。その時は友達も「いいねぇ」と感心した風に返したという。次の日になって、彼へのいじめが始まったそうだ。多分、親から何か言われたのだろう。

次は、彼女とドライブをしていて、検問か何かをしていた警官に呼び止められた時。「彼女は、自分が在日韓国人だということを知らない。警察に、免許証の名前を読み上げられたら自分が在日韓国人だということが彼女にわかってしまう(通常は、日本名で通っているが、免許証は韓国の名前が記載されている)。そうしたら、彼女に嫌われるかもしれない」ととっさに思ったそうだ。そう思った彼は、車をさっと降り、警官に事情を説明した。警官も、「何もしていないのに、なぜ、わざわざ車を降りるのだろう」とはじめびっくりしていたようだが、事情を聞き、すっと通してくれたという。

4.2.主人と私の感覚のずれを楽しむ
主人も私も韓国人だが、考え方、感じ方、知っていること等、いろいろなことで少しずつずれがあり、面白い。主人と私を比べると、私は韓国で生まれた韓国人なので韓国のことはよくわかる。日本のことに関しては、体験したことを通して、自分なりに仮説を持ちながら物事を判断している部分があるので、すべてがクリアーなわけではない。主人の場合、日本で生まれた韓国人なので、日本のことを私よりはわかっている。しかし、韓国のことは、韓国人であるとはいえ、知識に基づく想像上の判断にならざるを得ない。私にとって、在日韓国人である主人と話すのも、面白いし、日本人と話しながら自分の仮説を確認するのも面白い。


表紙  趣き深き会

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