和散歩

- 趣き深き会 -

回「雅を楽しむ・雅楽の世界」

議事録

1.はじめに

2.議事録

3.参加者の感想

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1.はじめに

2002122日、東京・四谷法恩寺にて、和散歩・趣き深き会 第5回「雅を楽しむ・雅楽の世界」を開催しました(参加者20名)。当日は、吉田穣覚さんをお迎えし、レクチャーが行なわれました。これは、その議事録と参加者の感想です。

雅楽というと、「神前結婚式で流れる厳かな音楽」ぐらいしか思い浮かばなかった私たち。「雅楽が、仏教とかかわりがあるなんてびっくり!」というのが、大半の声でした。また、西洋音楽一辺倒の教育を受けた私たちにとって、日本音楽にこんなにも沢山の誇れる要素があるとは。。。発見に次ぐ発見です。

また今回の参加者に、ヴィオラ奏者や音楽療法士(元?)の方もいて、ディスカッション(会当日&メール上)に厚みが増しました。いろんな角度から、雅楽を見ることができるというのは楽しいですね。

さて、ここでの発言は、あくまでも吉田さん、及び、参加者の主観です。したがって、事実に即していないもの、また、皆様とのご意見が違うことがあるかもしれません。何分、一意見として、ご覧いただけますよう、お願い申し上げます。

最後に、会にご協力いただきました吉田さん、参加者の皆様に厚くお礼申し上げます。

和散歩・主宰

嘉誉

追伸 200357日に吉田穣覚さん他、橘雅友会の主催で行なわれる公演がお台場(第一生命ホール)であります。是非、足をお運びくださいね。

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2.議事録

書記:嘉誉(和散歩)

2.1.音楽とは

2.1.1.音楽は「音を楽しむもの」

本来音楽は、「音を楽しむ」もの。でも、「理解しなくちゃいけない」「楽器をちゃんと演奏できなくちゃいけない」など、「音を苦しむものになっている人が多い。

2.1.2.音楽には、「気分を高揚させるもの」と「気分を落ち着かせるもの」がある。

「気分を高揚させるもの」には、8ビートや、サンバ、ダンス音楽などがある。雅楽は、「気分を落ち着かせるもの」の方に属する。「雅楽の音楽を聴いていると、眠くなってしまうのは、自分に音楽の理解がないからだ」などと、自分を責める人がいるが、それは間違い。いい音楽ほど、寝られる。寝られないものの方が、かえって、不協和音のあるもので、よくない音楽。

吉田さんの先輩にあたる、立派な音楽家の方も、自分の会の始まる前に、「皆さん、どうぞ、寝てください」といっていたほど。気分を落ち着かせる音楽は、音浴と思って、波動の中に体をおき、リラックスして聴いてください。

2.2.雅楽とは

2.2.1.雅楽の生まれた背景

雅楽は、今とは違って、ゆーったりした時代にできたものだということを頭においてほしい。ゆーっくりした牛車に乗って、誰かの家に集まり、のーんびり、お昼ご飯を食べながら、一日かけて、音楽を奏でる。そんな時代に生まれた音楽だから、雅楽はとても長い。最低でも8-10分、長いものは30-40分かかる(これでも、短くなったほう)。例えば、14の文字を、8分間ぐらいかけていったりする。そんな、のんびりしたペースが癒しにつながるのかも。だから、時間のない人には聞けない音楽かもしれない。

2.2.2.狭義の雅楽

狭義の雅楽は、笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・龍笛(りゅうてき)の管楽器、鞨鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)の打楽器、楽琵琶・楽箏の弦楽器からなる演奏。

2.2.3.広義の雅楽

広義の雅楽は朝廷の儀式(御神楽)、(中国)大陸から伝来したものと新作がまざったもの。舞なども含む。

2.3.雅楽の大きな三つの流れ

2.3.1.日本固有のもの

国風歌舞(くにぶりのうたまい)と言う。日本古来の原始歌謡と、これに伴う舞に基づき平安時代に完成された歌と舞。神楽(かぐら)、東遊(あずまあそび)、倭歌(やまとうた)などがある。

2.3.2.大陸から伝来した楽舞

左舞:     唐楽(とうがく)           主に中国からきたもの

右舞:     高麗楽(こまがく)      主に朝鮮、ベトナム、モンゴルなどからきたもの

昔の日本は何事も、同じ物を二つ作った(南町奉行・北町奉行などがその例)。これは、責任の所在を明らかにしないため(今も昔も変わらない?)。

2.3.3.平安時代に新しく作られたもの

催馬楽(さいばら):民謡を歌詞とする

朗詠(ろうえい):    漢詩を歌詞とする

今様(いまよう):     流行歌

2.4.雅楽の歴史

453年     允恭(いんぎょう)天皇御崩御の折、新羅王が、楽人80人を派遣。難波の津から殯宮(天皇が祭ってあるところ)のあった飛鳥・明日香の宮まで演奏しながら行進した。これは、「日本書紀」に記されており、正式な文献として見られる最古のもの。ここで、残っているということは、もっと昔からあったと推測される。

538年 仏教伝来。昔の人は、今の人ほど学がないため、話をきちんと聞くということになれていない。聖徳太子は仏教を広めるため、その余興として蕃楽(今の高麗楽)を使い、説法をした(当時、国家は国を治めるために、宗教を使った)。

593年 大阪の四天王寺に楽所が建立された(今でいう、N響のようなもの?)

701年 大宝律令で、治部省の中に雅楽寮(うたまいのつかさ)が置かれ、雅楽は国家事業になる。

752年 東大寺大仏殿の開眼供養会

794年 平安京遷都。楽制改革(2.3.であげた、雅楽の大きな三つの流れが1つになった)

1642年    将軍家光により紅葉山楽所が江戸城の中に設置された。これは、万一国が二つに分かれても困らないようにしたもの。京都や大阪などから楽師を呼び寄せて作った。

1870年(明治3年)太政官に雅楽局

1876年(明治9年)1888(明治21年)明治選定譜

1945年(昭和20年)終戦 宮内庁 総理府技官(現在25名。昔は、100名ぐらいでやっていた)

2.5.雅楽と仏教

上記を見てもわかるように、雅楽は神社の専売ではない。仏教とも、縁がとても深いもの。鉾を振り回す、振鉾(えんぶ)や、供養舞(獅子・菩薩・迦陵頻・胡蝶)も仏教から出ている。

2.6.雅楽・邦楽に誇りを持って

2.6.1.洋楽と邦楽の違いを見てみよう

洋楽:440-442ヘルツ。ピアノなどでも、メトロノームを使ったりして、規則ただしい。指揮者がいる。

邦楽:430ヘルツ。指揮者がなく、お互いの呼吸によって演奏する。

雅楽:基本的に合奏曲。基礎となる音は笙。笙には、17本の管がある。15本は音がなるけれど、2本は飾り。英語では、mouth organと呼ぶ。夏と冬の音は違う(温度差の為)。

2.6.2.世界最古の管弦楽

バッハでさえ、数百年前のもの。1200-1500年前に管弦楽という形態があったこと自体すごい。

2.6.3.洗練された様式美

日本人は、自分の中に取り込んで、洗練させるのがすごく上手い。雅楽も元は諸外国から取り込んだものだが、本来の国と比較しても、非常に洗練されている。この洗練させるという気質があったから、戦後の経済発展を成し得たのではないだろうか。

上記と矛盾するようだが、昔、雅楽(例えば、笛や琵琶)を演奏していた人は、戦の片手間でやっていた。よって、名手といわれる人も、さほど上手ではなかったはず。きっと、本来の雅楽というのはもっと土臭いものだったのだと思う。しかし、時とともに、洗練されたものになっていった。

2.6.4.日本には古いものがたくさん残っている

中国の場合、王朝が変わると以前のものがすべて否定されたので、昔のものが残っていない。日本は、前を否定するということがさほどなかったので、多くのものが残っている。ゆえに、中国のものを復元するのにも、日本の資料が使われたりする。正倉院などには、昔のものが多く残っている。

2.6.5.伝統芸能を守るということ

伝統芸能が何百年も残っているのには何か理由があると思う。雅楽にしろ、天皇家の庇護はあったとはいえ、廃れているものは廃れている。たまに、廃絶されたものを復元するが、あまり、評価は高くない。廃れるものは、廃れるべくして廃れているからだと思う。

東儀秀樹などは、古いものもしっかりマスターしている。その上で、新しいものに挑戦している。基礎をしっかり積む事と新しいことへ挑戦すること、この両輪がうまく回らないと、伝統芸能を守ることはできない。

2.7.その他

2.7.1.懐かしい音

昔の邦楽は、ファとシが抜けている。雅楽、能、歌舞伎を聞いて懐かしいと思うのは、この伝統を使っているから。同様の法則は、民謡や演歌、今で言えば、小室哲也の歌などにも使われている。

黒田節と越殿楽は同じ節。越殿楽に黒田節の歌詞を合わせるとよくわかる。

2.7.2.雅楽は決して高貴なものではないと思う。

雅楽をやっている人にしても、芸術家というよりは、芸人。皆さんには、もっと気楽に聞いてほしい。

2.7.3.東儀秀樹

実は、東儀秀樹自身がやっていることは、古いことが多い。でも、新しい音を組み合わせることによって、新しいジャンルを開拓している。彼は、こういった新しい取り組みに着眼して、具現化したところがいい。

でも、彼が宮内庁楽団を飛び出したのには賛否両論。よかった点としては、雅楽を世に広めたということがあるが、飛び出したこと自体は、宮内庁にとって痛手。なぜなら、楽士は1人育てるのに7年かかる。もともと、25人しかいない中の1人が飛び出すということは、すごく大きな負荷がかかるのだ。

2.7.4.雅楽の装束はお金がかかる

面だけでも100万円。上から下までそろえると、200−300万円する。

2.7.5.身近な雅楽

「ろれつが回らない」「二の句が継げない」「千秋楽」「音頭」「調子がいい」・・・こんな言葉も、雅楽から来ているんです。

2.8.Q&A

2.8.1.雅楽とは、いつのものをいうの?

1500年前ぐらいからあるといいましたが、江戸ぐらいまで新しいものも作られています(今も)。これらは、新作雅楽といわれます。雅楽には、約束事があるので、基本的にはそれに沿っているものを雅楽というでしょう。

2.8.2.昔の音の決め方は?

黒まきと呼ばれる、大きさの変わらないツブを竹の筒に90粒並べて吹いたときの音が、今でいうDの音。こうやって、基本の音を決めた。

2.8.3.外国ではどんな反応を示されますか?

詳しく聞いたことありませんが、概ね、受け入れられるようです。外国の作曲家でも雅楽の影響を受けている人がいます。ドビュッシーがその一人。

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3.参加者の感想

面白かった。自分の日本芸能経験の中で、すっぽり抜けているところに、棟上だけはされた感じ。雅楽というと、全く中国から輸入されたままの形なのかと思っていたが、日本の上代においてある程度こなされて国文化されたものであったのは驚きだ。また、能楽の中に、「東遊」「今様」などひんぱんに現れるので、足利時代には雅楽はまだまだ今時のものだったなぁと思う。西洋音楽より、はるかに優越を感じたひとときであった。(マーケティング担当・女性)

時節で耳にすることはあっても、ゆっくりと楽しむことはなかった雅楽。そのつくりや、古来からの生活との関わりを伺いながら時間のゆっくり流れていたかつての日本を想いました。(損保広報・女性)

吉田先生の声、話のテンポが心地よく、雅楽の音楽と同じように引き込まれ、あっという間の2時間でした。雅楽は、高貴で遠い存在のように思っていましたが、今日のお話を聞いてより身近なものになりました。「人のDNAにもともと組み込まれている」というのに、なるほどと、納得でした!!(製薬会社関係勤務・女性)

段階的によーく聞き比べてみると、アレンジを利かせたおもしろさがよく分かりました。音だけでなく、ビジュアル的なところを是非見てみたいです(そうじ大好き!主婦・元音楽療法士・女性)

時間を超えて伝わってくる重みが感じられました。(有線放送会社企画・女性)

日本の価値を肯定するのは納得。ただし、探しに行かなくては接触できないのって不思議だなぁ。日本の年配の人たちが、こういうものに高い価値があると認識していないのだろうか?あと、(雅楽って)意外と眠くならないよ。(グラフィックデザイナー・男性)

日本に生まれてよかったと、少し思いました(銀行勤務・男性)

時の流れのスピード感。間の面白さ。(会社員・男性)

東儀秀樹を聞いて雅楽に興味を持ったのがきっかけでした。こんなにじっくり雅楽について話しを聞く機会があまりないので、貴重な体験でした。(電機メーカー勤務・女性)

音楽としてだけではなく、背景を知ることができ、初めての学びとして楽しめました。(教育出版社勤務・女性)

雅楽の深さを再認識した。歴史的な流れがわかった。始まる前は、果たして興味深く聞けるか不安もあったが、自分の職業との関連で終わりに近づくに連れて面白さが増していった。(ヴィオラ演奏家・ティーインストラクター・女性)

ある部分で自分の考えと、重なるところがあり自分自身再認識できた。(SE・イベントプランナー・男性)

「場」ということについて、考えました。背筋がしゃんと伸びる空間、空気になじんでいつまでも落ち着くことができる空間、雅楽のある場はそういう場所でした。(コールセンタートレーナー・男性)

表紙  趣き深き会

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