第八回「お茶ともてなしの心」
議事録********************
1.はじめに
2003年3月30日、東京・白金の白木宗文先生宅で、和散歩・趣き深き会 第8回「お茶ともてなしの心」を開催しました(参加者9名)。春ということもあり、まずは、庭園美術館でお花見。桜も丁度7分咲きで楽しいピクニックになりました。その後、皆で、白木先生宅に伺い、会を開始!これは、その議事録と参加者の感想です。
「私のほうこそ、皆さんに教えていただくことが沢山あると思いますけど、私も知っていることは、なんでもお答えしたいと思います。正式なお茶会は別ですけど、今日は仲間内の集まり。お茶の場だからといって、皆さん静かにしなくちゃいけないってことはないですからね(笑)。楽しい会にしましょうね」
先生の最初の言葉もあって、和やかな3時間を過ごすことが出来ました。ただし、皆、久々の畳の席に苦しみもしましたが(笑)。。。
会の翌週、「皆さん、お静かだったけど、聞きたいことを聞くことが出来たかしら。楽しかったなぁ、と思っていただけたならいいんだけど。。。」と、先生。
会が終わった後も、お客人の心を気遣うその姿に、茶人のもてなしの心を感じました。
さて、ここでの発言は、あくまでも白木先生、及び、参加者の主観です。何分、一意見として、ご覧いただけますよう、お願い申し上げます。
最後になりましたが、この会の開催を快くご協力いただき、稽古場も開放してくださいました、白木宗文先生にお礼を申し上げたいと思います。そして、参加者の皆さん。今回は、場所の都合もあり、人数を制限しましたが、その分、皆さんとゆっくりお話することも出来楽しい会を持つことが出来ました。本当にありがとうございます。
和散歩・主宰
嘉誉********************
書記:クヌギ@和散歩
目黒の庭園美術館でのお花見のあと、白木先生のご自宅(お稽古場)へ伺いました。
先生のお宅は外見は普通の家ですが、私たちが着いたとき、門から玄関に続くレンガタイルの階段には水が打ってありました。そういえば打ち水の習慣も最近見ることが少なくなってきたことのひとつだなあ・・・と思いつつ、お稽古場に上がりました。
【お茶をいただく作法】
1.まず、座る
茶道では正客(いちばん重要なお客様)から順に、部屋の奥(床の間の前)から座ります。座るときはもちろん正座!でも、今回は先生のお言葉に甘えて脚の間に小さな座布団を敷いたり、台を置いたり、途中で脚を崩したり・・・ずいぶん楽をさせてもらいました。それでも最後にはばっちりしびれたのですけど(笑)。
座る位置は畳の縁から約16目離れたところにひざ頭がくるように。扇子を持っている人は扇子を自分の後ろにおきます。
※扇子の意味:茶道において扇子は「結界」を表します。挨拶をする時に、扇子を出すのは相手から自分を一段低くするという、心配りですね。また、座った時の扇子は、自分の座る範囲を表します。
2.礼(お辞儀)
茶道は「礼に始まり礼に終わる」と言われます。礼には真・行・草の3種類あります。
真:手のひら全体を畳につける(もっとも丁寧なお辞儀。お茶をいただく時の礼はこれ)
行:手の指の部分だけつける(中間)
草:指先だけつける(軽いお辞儀)
3.いよいよ、お茶をいただきます。
はじめに、これからお茶を点てる嘉誉さんが部屋に道具を運び込みます。一同、じっと見守っていましたが、先生に「黙ってなくてもいいのよ」と言われ、苦笑い。でも、これから何が始まるのかとばかりに、ついつい所作をじっと見てしまいます。道具の準備ができたら、お菓子が運ばれます。菓子鉢には春らしさあふれる「さくらきんとん」が盛り込まれていました。
4.お菓子の取り分け方・いただき方
菓子器が置かれたら、次の手順でお菓子を取り分けます。
@隣の人に「お先にいただきます」と草の礼をする。
A両手で菓子器を軽く持ち上げ、おしいだくようにして神に感謝する。静かに自分の前に下ろす。
注)器はあまり高く掲げないように(器自体が高価なものの場合があります)。
B懐紙の上にお菓子をひとつ取る。
注)懐紙は輪のほうを手前にして使います。お菓子を取るときは左手を器に添えます。器は置いたまま。
C箸の先を懐紙の角でぬぐってから、器に戻す。
D器を隣の人に送る。
注)最後にお菓子を取ったら、空になった器はそのまま自分の前に置いておく。
お菓子を取っても、すぐ食べてはいけません。お茶を点てる人に「お菓子をどうぞ」と言われるまでは、じっとがまん。なぜなら、お茶を点てる人は、お茶を供するタイミングを見計って「どうぞ」と勧めてくれるからです。勧められたら、懐紙ごとお菓子を手で持って、楊枝を使っていただきます。
5.楊枝の始末
お菓子で汚れたいちばん外側の懐紙を中表に折り返して、楊枝に細く巻きつけ、先をぬぐいます。使い終わった懐紙は、お茶を飲み終わったとき、のみ口をぬぐった手を清めるのに使います。使った懐紙は、持ち帰りましょう (着物の場合、左袖の袂に入れます)。
6.お茶のいただき方
お菓子を食べ終わってから、お茶をいただきます。食べ終わる前にお茶が運ばれてきても慌てなくて大丈夫です。今回いただいたのは、「薄茶」と呼ばれる抹茶を泡立てたものです。薄茶はひとりずつ別々の茶碗で供されます。これに対して「濃茶」は薄茶より少ない湯で抹茶を練ったどろっとしたもので、ひとつの茶碗を数人で回し飲みします。
@茶碗を手前に引きよせて、「いただきます」の真の礼をします。
A右手で茶碗を持ち上げます。持ち上げる時は、右手の親指を茶碗のふちにかけ、残りの指を高台に添えて。次に、左の手のひらに載せ、茶碗をおしいだくようにして、神に感謝します。
注)茶碗を持つときはなるべく茶碗に手のひらが触れないように(手の脂をつけない)。
B右手で2回、時計回りに90度ずつ茶碗を回し、こちらを向いていた茶碗の正面を向こう側にします。
注)茶碗の正面に口をつけないため
C何口で飲んでもいいのですが、必ず残さず飲みきります(拝見に際し、茶碗の裏に書かれた、作者の銘を見るため。残っていると、こぼれて畳が汚れますよね)。
D茶碗の口をつけた部分を指でぬぐいます。その指は懐紙で拭きます。
E茶碗を畳の上に置いて、茶碗を鑑賞(拝見)します。
【お茶の席を楽しむ】
ただ作法を間違えないようにということばかりでは、お茶の席はただの苦行です(笑)。お菓子とお茶はひとりずつ順番にいただくので、全員が終わるまでの間に先生からいろいろお話を伺いました。それを、お茶の席を楽しむ見どころとしてまとめます。
1.お部屋(お稽古場)
お稽古場は正式な茶室と異なり、ある程度人数が入れるように広く作られています。部屋の奥には床の間、その左手前に炉があり、この日は釣り釜(2月〜3月に使います)が用意されていました。また、縁側から外を見ると黒竹の生垣にししおどし、和の風情がそこかしこに感じられます。
2.床の間
床の間は、もとはお殿様が座る場所だったところです(もともとは、仏様の場所。一番重要な場所と考えればよいでしょう)。お茶会の場合、亭主の「本日のテーマ」が掛け軸にして記されるので必見。今回は、先生の手による書が掛けてありました。
書「茶の道はたどるも広き武蔵野の月も澄むなり奥ぞゆかしき」
書の側には、茶花。茶花は、「野にあるがことく」という利休の言葉にもあるように、自然にいけられる様が魅力の一つ(ここがいけばなと違うところです)。この日は、あけぼの・しらたま紅白の椿とうぐいすかずらが生けてありました。これらはみな先生がお庭で丹精されたものとのこと。
正式なお茶会では、床の間のしつらえ、茶道具などに関し、正客が代表して質問します(内輪での会であれば誰が聞いても構いません)。
3.茶道具
茶道具は、実にたくさんあります(笑)。炉、炉縁、釜、茶碗、建水、水差し、柄杓、棗(なつめ)、茶杓、茶せん、茶巾・・・。それぞれがその日のために選ばれたもので、由緒ある品物です。
たとえば、今回使われた「釣り釜」は3月いっぱいまでしか使われないものです。
これはほんの一部にすぎません。お部屋やお庭のしつらえ、掛け軸に使われる書や水墨画、花入れ、花、茶道具・・・それぞれについて、主(あるじ)の心遣いを汲み取るためにも、鑑賞する目と知識を養う、それが茶道の楽しみなのです。
しかし、これほど多岐にわたることからも、茶の道は深く、終わるところを知らないことも示しています。先生も私たちのような初心者からの質問からの気づきがあるとのこと。茶道を習うときは物怖じせず質問することが自分のためにも、先生のためにも?なることなのです。
【おうちでやってみよう】
今回はほとんどの人が茶道初体験でした。そこで、質問も多かった「家でお抹茶を楽しむ方法」も教えていただきました。これはなんとテーブルの上で椅子に腰掛けてお茶を点てるやり方で、茶道がまたぐっと身近に感じられました。先生もおっしゃっていましたが、コーヒー・紅茶ばかりではなく、たまにはお抹茶でお客様をもてなせたらすてきですね。
最低限必要な道具:茶碗、茶せん、棗、茶杓、丸盆(材質は何でもOK)、お湯はポットで
【ちょっとしたヒントとアイディア】
お茶は熱いほうがいいです。電気ポットから直接茶碗に注ぎます。お菓子は和菓子でなくてもいいです。チョコレートも抹茶によく合います。テーブルに季節の花を飾るだけでいちだんと雰囲気が出ます。
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春の日差しの中でバラエティ豊かでおいしいお弁当を食べながらのピクニックがイントロとしてまず、よかった。
お茶について思ったことは主に二つ。まず、常に美しさを考えながら一方で「楽しむことが一番重要」としているというところにとてもひかれました。美しさも機能的な美しさ、自然な美しさ、というあたりに共感します。また楽しむことと人に対する思いやりが組み合わさっている(どちらかだけではない)というところにも。
一方で気になったのが、そういうものをわれわれはどうして失ってしまったのだろう、ということです。先日も外人に「東京はおもしろいけど風景が美しくないのが残念だ」と言われました。統一感がない、ちぐはぐだ、というのですね。これに限らず、現代のものには「美しくない」というか、美しさに気を配る余裕のないものを多く見ます。また思いやりという点でも、海外に行って来た人がよく言う「海外では後ろの人のためにドアを押さえているのに日本では自分が通り抜けたらすぐはなす」といった感じで、心配りを失っている気がします。
というように、楽しさと現状の課題を感じた一日でした。正座の方は...僕にとっても課題であります(^_^)(ジャーナリスト・男性)
基礎をきちんとマスターしないと崩せない(遊べない)ということがよくわかりました。もっと簡単にお茶を飲めればなあとは思わなくなりました。なぜなら、千利休が追求した美に感銘したからです。お湯を注ぐ時の高さなど、確かに洗練されてきた「点前」だけあると思いました。先生の謙虚な所は、前回の囲碁の会で梅沢さんが自分の師匠について語っていたのと同じでした。謙虚こそ、和の心です(主婦・女性)
茶道の奥深さに感激でした!特に、お茶を点てる際の礼が「草の真(漢字は自信なし)」の理由。始めはてっきり、最初にしっかりとした礼=ご挨拶をしたので、次は軽くてOKなんだ〜。と思っていました。そうしたら、心は真の礼ほどに…そして、べったりと手を畳につけるのは茶を飲む人に対して失礼だからという気遣いのためだったのねぇ〜。これぞ『もてなす心と応える心』が作り出す“美”ですね。
そして、後は“形式美” (というと悪い意味に聞こえるかな?) 完成された作法だけあって、さすがに美しかったですよ(→嘉誉さん!)。注し水みたいなことをする時の音もなんとも心地よく、そこにも実は綿密な計算があったりして。そこに気持ちが加わっているからなおさら心地よい空間が作り出されるのでしょう。
もちろん、美味しかったのも好印象のポイント。普段和菓子はあまりいただかないのですが、シチュエーションによっては結構美味しいんですよね。抹茶との相性も抜群、それも当然か!長く続いてきたものは強いですよ。一過性の流行とは段違いです。
最後に、「でも…」の現実。私を含めほとんどの人が茶道の極意を知らないのが現状。先生のお話にも「慣れない“ティーパーティ”よりジャパニーズティー(茶道)でおもてなしを」とありましたが、「いやいや、紅茶(コーヒー)のほうがよっぽど慣れ親しんでいま〜す」と感じました。茶道のおもてなしに出会うチャンスってほとんど無いんです、残念なことに。道を歩いていて遭遇するチャンスは美味しい紅茶やコーヒーのほうがかなり確率高し!の現実。
ただ、紅茶に無いのは、「師」の存在かな?これは囲碁の時も感じましたが師とのめぐり合いも大切ですね。これまた難しいことですが…。
そんな現状に対して、じゃあどうするかというとー
最近は指導要綱も変わって学校でも教えているのかな?だといいな。そうなると残りは、それを知らずに来てしまった我々は…「和散歩」を普及させる。結構ココに行き着いたりして(笑)。何事にも敷居が高いとか道具が無いとかさて置いて、まずは体験してみることと、恥を捨て疑問に思ったことは聞いてみる、そしてその経験を広げる!いきなり精通した人に聞けるチャンスに出会えた私はとてもラッキーだったと思います。ありがとうございます。
あと先生の「一生勉強」という言葉も印象的でした。知れば知るほどそう感じるのでしょうね。いきなり全てを知ろうとする自分の未熟さを痛感しました〜(ティーインストラクター・女性)
天気の良い日に外でお弁当を広げる楽しさを久しぶりに思い出しました。しかも、今回は特に素敵な女性が多かったので、たいへん嬉しかったです。
お茶について一番印象が深いのは、生活に密接した総合芸術であるということです。今まで単にお茶をいただく礼儀を重んじた儀式、という印象だったのですが、お茶をコアとしたその空間すべてに「美」を追及した総合芸術だと思いました。それが、飲食という人間(生き物)に必要不可欠な日常行為と結びついているところも奥が深い。だから、単純にお茶の席の作法に精通することで普段の生活にもその作用が及ぶ乃だろうし、お茶をきちんとやろうと思ったら日常から意識をしていかないと、その場だけ上手くやるのは難しそうです(グラフィックデザイナー・男性)
お茶の歴史が仏教の中で育てられたこと、お茶室の入り口がなぜ小さいかなどなど、とても興味深いお話でした。「利休の美」についてももう少しお伺いしたかったのですが、時間が経つのが早く、終わりの時間になってしまったのが、残念でした。
薄茶とお菓子も大変おいしくゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。正座がつらかったですが、また機会がありましたら、お茶を楽しみたいと思います。
また、今回の会で、日本文化は誇れるものだなと自信がつきました。ありがとうございました(アマチュア古代伝説研究家・女性)
今回、桜のお庭のなかでの、くつろぎや、漆喰の壁のお部屋、筧いのある蹲いのお庭でのお茶をいただく和の文化の中で、優雅な華やかな時間を より豊かにしてくれるものでもあることをお二人の御着物姿で視覚的にも深く味わうことができました。素敵な一日でした。
本人以上に、まわりも楽しませてくれる優雅な着物に、改めて、興味をもつことができ、祖母や、母からの、着物を、桐ダンスからだして衣替えの準備に会わせて、ひろげてみようと思います。今回、お菓子や、お茶もいただき、先生も3時間ほど、拘束したにもかかわらず、リーズナブルの会費だったことにも、驚き、また、メンバーもみなさん博学で、話題も豊富で楽しいひとときでした(主婦・女性)
家で楽しめる方法(お茶の点て方)がわかったのが最大の(使える)収穫。趣味の陶芸でマイ茶碗を作りたいと思った。なつめ・茶せん・茶杓を買って、「茶席ごっこ」をときどき楽しみたい。
茶道はまだ習うときではないとわかった。もうチョット時間に余裕ができたらやってみたいなあ(今は他のことに時間を割きたい)。
茶道における「美」はあまり腑に落ちなかった。私の中では薄ら寒い床の間に咲く椿は、陽光の下の桜には負けてしまう。「わび」を通り越して「わびしい」になってしまう。
これは、単に好みの話だけれども「好き」という気持ちは美を認識する上で、
とても大きな要素だと思う(建設会社事務・女性)
表紙 趣き深き会
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